仙台地方裁判所 昭和41年(ワ)325号 判決 1966年10月17日
主文
原告(反訴被告)の請求を棄却する。
原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、昭和四一年五月一日より別紙目録記載の土地明渡済みにいたるまで一か月金三〇、〇八三円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は本訴反訴とも原告(反訴被告)の負担とする。
事実
原告(反訴被告。以下単に原告と称する)訴訟代理人は、本訴につき、被告(反訴原告。以下単に被告と称する)より原告に対する仙台地方裁判所昭和二八年(ワ)第六一三号建物収去土地明渡請求事件の和解調書に基づく強制執行を許さない。反訴につき、被告の請求を棄却する。訴訟費用は本訴反訴共被告の負担とする。との判決を求め、本訴請求の原因並に反訴の答弁として、
(一) 原、被告間の仙台地方裁判所昭和二八年(ワ)第六一三号建物収去土地明渡請求事件について、昭和三一年四月二〇日裁判上の和解が成立し、その和解条項として、
(1) 被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地を昭和三一年四月一日以降同四一年四月三〇日まで、右土地上に存する建物所有の目的のもとに、賃料一か月金六、〇〇〇円となし、毎月末日払の約定にて賃貸すること。
(2) 原告は、被告に対し、前項の賃貸借契約期間満了と同時に、前項の土地上に存する建物を収去して右土地を明渡すこと。
(3) 原告は、被告に対し、第一項の土地に対する賃料として、昭和二八年五月一日以降同三一年三月三一日までの分として、一か月金三、〇〇〇円の割合の金員を支払うこと。
(4) 右土地に対する賃料の改訂期間を三か年とすること。
(5) 被告はその余の請求を放棄すること。
(6) 訴訟費用は各自弁とすること。
と定めた。
(二) 原告は、右宅地の賃貸借契約に基づいて、
木造瓦葺二階建店舗兼居宅
一階二八坪三七五(九三、八〇平方メートル)
二階二一坪二五(七〇・二四平方メートル)
物置 四坪二八(一四・一四平方メートル)
を現に所有するものであつて、右期間中三回に亘る賃料の増額にも誠意をもつて応じ、現在月額三八、〇〇〇円を支払つているものであり、右賃貸借契約の期限前たる昭和四一年四月三〇日に内容証明郵便をもつて契約更新の申入れをした。
(三) ところが、被告は前記和解調書に執行文の付与を受け、これに基づいて当裁判所に強制執行の申立をなし、昭和四一年(モ)第三六一号代替執行事件として繋属中である。
(四) しかしながら、前記和解調書の和解条項第二項の建物を収去して土地を明渡す旨の記載は、(イ)単に賃貸借期限の定めについての例文にすぎないもので、これに対し執行文を付与することは違法である。(ロ)仮にそうでないとしても、借地法第一一条に違反するから定めないものとみなすべきである。
(五) 仮に右の主張が認められないならば、原告は、被告に対し、借地法第四条第二項により、本訴状の送達をもつて前記建物につき時価による買取請求権を行使する。
したがつて、右代金支払と引換でなければ、本件土地の明渡に応ずることはできない。
(六) よつて前記和解調書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだと述べ、その主張に反する被告の抗弁事実を否認し原告には前叙のとおり本件宅地の明渡義務がないのであるから被告の反訴請求には応じ難いと述べた。
立証(省略)
被告訴訟代理人は、本訴につき主文第一項同旨、反訴につき主文第二項同旨、訴訟費用は本訴反訴とも原告の負担とするとの判決、並に反訴につき仮執行の宣言を求め、本訴の答弁並に反訴請求の原因として、原告の主張事実中、(一)並に(三)の事実及び(二)の事実中原告が本件宅地上にその主張の家屋を所有しておること昭和四一年四月三〇日内容証明郵便をもつて契約更新の申入れをして来たこと以上の事実は認めるけれども、その余の原告主張事実は否認する。
(一) 仙台市東一番丁九二番の二宅地一二四坪四合九勺(四一一、五三七平方メートル)は被告の所有であつて自ら使用する必要のため種々新築の準備をしていたところ、昭和二一年九月一〇日訴外大山小郎から「罹災都市借地借家臨時処理法」により建物敷地賃借の申出があり、仙台簡易裁判所において調停を重ねた結果、右土地のうち四三坪四合一勺(一四三、五〇四平方メートル)を同訴外人に賃貸しなければならないこととなつた。
(二) ところが、同訴外人は右臨時処理法の定める一〇か年の賃借期限が到来する直前に同宅地上に存在する同人所有の家屋を売却したまま他に転居した。被告は期限後本件土地を自ら使用すべく非常な希望を抱いてその準備を進めていたところ、右大山がそのような処置に出たため驚いて登記簿を調査して始めて原告が右家屋を買取つたことを発見したのである。
(三) 被告は店舗兼住宅として右宅地を使用することを一〇年間我慢して来たのに、またまた原告に右土地を不法占拠されるようなこととなつたので、早速仙台地方裁判所昭和二八年(ヨ)第三二七号不動産仮処分事件の決定を得て同年一二月同裁判所に対し原告を相手取り昭和二八年(ワ)第六一三号建物収去土地明渡訴訟を提起したのである。
(四) 右訴訟事件は裁判官により和解の勧告がなされ、和解成立まで数次の折衝を重ねたが、その経緯は次の如くであつた。
被告は本件土地を即時使用する必要があるので、右地上の建物を買取り土地の明渡を求めたので建物売買につき価格を交渉した。右建物の売買が成立しようとしたところ、原告は右土地明渡につき暫時の猶予を求め、猶予期間を得て、その間に若干の商売をしたい旨申出で、話合いの方向を転じた。右猶予期間につき或は五年、或は一〇年と論じ合つたが、結局、原告において期間満了後は無条件で建物を収去して土地を明渡す旨言明確約したので、被告もそれならばということで期限を一〇年とすることに譲歩した。それ故に、和解条項第一項には右事実を明確にするため「……昭和四一年四月三〇日まで」と明確に終期の年月日を記載し、更に新に第二項を設けて「……前記賃貸借契約期間満了と同時に前記土地上に存する建物を収去して右土地を明渡すこと」の文言を特に記載したのである。右和解は法定更新の適用のない一時使用のための借地権を設定したものである。右和解による一〇年の賃貸借期間は絶対に更新を予想しないので、これを右の如く和解条項に明記し当事者に読み聞け、関係当事者には何等異議がなかつたのである。又被告としても一〇年の絶対的期限と期間満了後の建物収去、土地明渡しの確約がなかつたならば、右和解には絶対に応じなかつた筈である。即ち、本件和解は借地法第九条の一時使用のための借地権を設定したことが明らかであるから、同法に所謂二〇年乃至三〇年の存続期間の適用は除外せられ、同法第一一条に違反するものでもなく、又同法第四条第二項による建物買取請求権も原告には存在しないのであるから、原告から留置権を行使されるいわれもない。
若し仮に原告の主張する如く和解条項が借地権者に不利なため無効であるとするならば、原告及びその訴訟代理人は和解成立当時無効を知つて即ち期間満了後明渡す意思はないにも拘らず真意に非ざる和解を成立せしめたものであるから、心裡留保としてその効力を妨げるものではない。
(五) 原告は賃貸借期間中誠意をもつて賃料増額に応じて来たと主張するけれども、そのような事実はない。前記和解条項第四項によれば「賃料の改訂期間を三か年とする」旨定められた。当時近隣の地代価格に比較すれば一か月の賃料相当額は金三〇、〇〇〇円乃至四〇、〇〇〇円であつたのであるが、原告は第一回目の値上げで金一、〇〇〇円を加算した金七、〇〇〇円としたに過ぎず、被告から物価の変動、税金の増加のため第二回目の改定期に適当に増額するよう申入れられたにも拘らず頑として応じなかつたので、被告は仙台地方裁判所昭和三七年(ワ)第三三三号賃料改定請求の訴を提起せざるを得なくなり、右の結果一か月の賃料は金三〇、〇八三円と定められたのである。原告は決して誠意をもつて賃料の増額に応じたわけではない。
(六) 被告は、原告に対し、昭和四一年四月三〇日以降は絶対に更新を拒絶すること、和解条項に則り同日以降は右土地の明渡を求めることを通告し、且つ、右建物の売買につき調停を申立て、右は昭和四〇年(ノ)第一五号建物買取協定調停事件として仙台簡易裁判所に繋属した。右調停申立書中に明確に更新拒絶の旨を相手方に通告しており、原告のその後における更新の申入れは何等効力を有しないばかりでなく、前記「一時使用の特例」に照らしてもその理由がないのである。然して調停はその後一か年に亘り九回試みられたが、原告は最後の期日に始めて出頭したのみで、昭和四一年三月二五日原告の応ずるところとならず不調に終つた。このように原告は自ら本件建物の買取りを求める機会を失つておりながら今更買取請求権を行使するというのは不当である。
(七) 以上のとおりであるから原告の本訴請求は失当であり、本件土地の賃貸借期間は昭和四一年四月三〇日をもつて終了し、以後原告は右地上に建物を所有して右土地を不法に占拠し、そのため被告は昭和四一年五月一日以降一か月金三〇、〇八三円の賃料に相当する損害を被つているので、本件強制執行による右土地明渡済みに至るまで右割合による損害金の支払を求めるため反訴請求に及んだと述べた。
立証(省略)
理由
一、原告(反訴被告。以下単に原告と称する)被告(反訴原告以下単に被告と称する)間の仙台地方裁判所昭和二八年(ワ)第六一三号建物収去、土地明渡請求事件について昭和三一年四月二〇日裁判上の和解が成立し、その和解条項として
(1) 被告は原告に対し、別紙目録記載の土地を昭和三一年四月一日以降昭和四一年四月三〇日まで右土地上に存する建物所有の目的のもとに賃料一か月金六、〇〇〇円となし、毎月末日払の約定にて賃貸すること。
(2) 原告は被告に対し前項の賃貸借期間満了と同時に前項の土地上に存する建物を収去して右土地を明渡すこと。
(3) 原告は被告に対し第一項の土地に対する賃料として昭和二八年五月一日以降昭和三一年三月三一日までの分として一か月金三、〇〇〇円の割合の金員を支払うこと。
(4) 右土地に対する賃料の改訂期間を三か年とすること。
(5) 被告はその余の請求を放棄すること。
(6) 訴訟費用は各自弁とすること。
と定めたこと、原告が右宅地上に木造瓦葺二階建店舗兼居宅一階二八坪三七五(九三・八〇平方メートル)、二階二一坪二五(七〇・二四平方メートル)、物置四坪二八(一四・一四平方メートル)を所有しておることは、当事者間に争いがない。
二、そこで、本件和解条項第二項の約定の効力について判断する。
成立に争いのない甲第一号証によれば、本件和解は、前記土地の所有権者である被告が原告による右土地の不法占拠を理由に仙台地方裁判所に建物収去土地明渡請求の訴を提起していたところ昭和三一年四月二〇日の口頭弁論期日に、裁判所の面前において原、被告各本人並に双方訴訟代理人が出頭したうえで成立した事実が認められる。
右事実によれば、本件和解条項第一項の賃貸借期間を一〇年とする旨の定めは、本件和解の当事者である原告と被告とが、その間に永続的な賃貸借関係を設定することを合意したから成立したものではなく、原告が右期間内に建物を収去して土地を明渡すこととし、被告が右期間原告の右建物収去土地明渡を猶予することとして互に譲歩した結果成立したものであり、そのために、右期間経過と同時に原告は建物を収去したうえ土地を明渡すべく第二項の約定が成立したものである、と認めるのが相当である。
ところで、私人が一時使用のためでない宅地の賃貸借契約を結ぶ場合に、その存続期間を借地法第二条の規定よりも短く定めて、右期間経過と同時に宅地を直ちに明渡す旨を特約すれば、その特約は、借地権者に不利益なものとして同法第一一条により無効となることもちろんであるが、右と同旨の特約が裁判上の和解の一条項として成立した場合には、これを右私人の場合と同様に解することはできない。けだし、裁判上の和解は、当事者の和解条項の合意に当事者双方の事情を十分に斟酌考慮した裁判所が関与してその成立をみるので、その内容は、単に当事者だけの間で約束されたものとは同一に論じえないものがあるからである。すなわち、宅地賃貸借契約が当事者だけの間で成立する場合には、同法第一一条が借地権者を保護するために作用するのであるが、右契約が裁判上の和解として成立する場合には、その和解成立に関与する裁判所がこれ右と同じ作用をなすものであつて、借地法の指向する借地権者の保護は、裁判所により十分考慮され且保障されるものとみるべきである。
したがつて、本件和解条項第二項の特約は有効であつて、本件につき宅地賃貸借契約の更新に関する借地法の規定は排除されるものと解すべきである。
してみれば、本件和解条項第二項の約定により、原告は同第一項の賃貸借期間経過後被告に対し本件土地を即時に明渡す旨確約したもので、右約定は前述のとおり同法第一一条の規定に違反した無効のものであるとなすことはできず、しかも、本件賃貸借期間はもはや終了しているのであるから、原告は、右第二項の条項により本件土地上の建物を収去して右土地を被告に明渡す義務があり、且同法第四条の規定する更新請求権も買収請求権も有しないことが明らかである。
よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却する。
三、前示認定したところによると、原告は、被告に対し、昭和四一年四月三〇日をもつて、本件土地上の建物を収去したうえ右土地を明渡す義務があり、右期日経過後の右土地の占拠は、正当な権限に基づかない不法なものというべきである。そして、原告の右不法占拠により、被告に賃料相当額の損害が生じていることは明らかであり、成立に争いのない乙第四号証によれば、右賃料相当額は一か月金三〇、〇八三円であることが認められるから、被告は原告のために、昭和四一年五月一日より一か月金三〇、〇八三円の割合による損害を被つていることになる。
よつて、原告に対し同日以降右明渡済みに至るまで右金額の割合による損害金の支払を求める被告の反訴請求は正当としてこれを認容する。
四、以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、尚被告の反訴請求における仮執行宣言の申立は相当でないと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
別紙
目録
仙台市東一番丁九二番の二
宅地 一二四坪四合九勺(四一一、五三平方メートル)の内
四三坪四合一勺(一四三、五〇平方メートル)